謎の毛

図書館で借りた文庫本を読んでいたら、妙な毛がはさまっていた。
陰毛、ではない。もっと短い。まつげか、まゆげ、いや、もしかしたらそれよりももっと短い。これが陰毛だったら分かりやすい。そうそう抜けるもんじゃないとは思うのに、成長のサイクルが短いのか神出鬼没に出現するからだ。
とにかく、どこの毛だかわからない毛が、ページをめくるごとにはさまっていた。自分のならいいが、部位に関わらず他人の毛ほど気持ちのわるいものはない。おそるおそる指先でつまむと、なんと毛根部分がページに貼りついている・・!ますますもって、きもちわるい。ぺりっ。
気を取り直して、ページをめくる。読み進む。と、また謎の毛がはりついている… はがす。めくる。毛を発見。はがす。と、これを5回くらい繰り返した。さすがにウンザリした。もうついてないだろう、そう思ってめくると、3本くらい並んで貼り付いていたり・・ ぺりぺりぺり。いい加減にしやがれ。
思うに、こいつは、毛をピンセットで抜きながら本を読んでいたに違いない。そして、抜けた毛を、読んでいるページの上に一本ずつ置いていったのだ。ずぼらなのか、律儀なのか。毛根がイキイキしていたことから考えても、偶然ぬけた毛がはさまったわけでは決してあるまい。
それでも私は、毛がはりついていたからといって、読書をやめはしなかった。ここでやめたら、私の負けだ。何の勝負かは知らないが、とにかく負けなのだ。こんな卑劣な奴に負けるなどということは断じてできない。そもそも図書館で借りた本を読むという行為じたいが、過去に同じ本を読んだ者たちとの戦いであると言ってもよい。いや、そんなことはないか。
私は耐えて、読み進んだ。
しかし、過去に同じ本を読んだ者からの嫌がらせは、それだけではすまなかった。ページが綺麗に破り取られていたのだ。乱暴な扱いによって破れたという様子ではなかった。たしかに「このページを切り取る」という意志によってそれは、つけね部分から慎重に破りとられていた。特に重要な場面をふくむとも思えない、連続しない2ページが、だ。

このやり場のない怒りを、どこへもってゆけばいい?
腹がたつのは、犯人の意図がまったくもって読めないことだ。たとえば雑誌の一部が切り取られていたとかいうのだったら、分かりやすい。切り取った部分の情報を欲していたのだなと理解することはできる。しかし、この場合はどうだ? 意図があるとするなら、それは純粋にこの本をあとから読む者への嫌がらせであるとしか考えられないではないか。
これは公共物に関するマナーだとかそれ以前の問題だ。しかし私は、あえてその怒りをおさえて、この本を最後まで読みとおすだろう。